twitterのことをだらだらと
twitterについて改めてみるきっかけがあった。
先日、10年来のリアルと友人と食事をした。
その時に「twitterってさぁ。一部でしかはやってないの?」と聞いてみた。
リアルの友人が見るブログで私がtwitterをしていることは告知済み。
リアルの友人とtwitterの話をしようとしてもことごとく知らないというので、今回疑問をぶつけてみた。
そうすると、友人は。
「俺は聞いたことないね……しかし、そこまでして繋がっていたいもんかね」
吐き捨てるように言った。
草の根がはやった時もHPが流行りだした時も夜な夜なチャットやって、今はmixiでくねくねしてるお前に言われたかぁないわっ。
と思ったのが、それは飲み込んで(笑)
こう言った。
「いや、違うよ。twitterでしか話せない人としかtwitterしてない。リアルの友人は一人もいないんだから『そこまで繋がっていたい』という表現は合わないよ。私はおもしろい記事を書く人の話すことを見てみたいだけで、つながりたい訳じゃない」
多分、このあたりが私なりのtwitterを通しての「ゆるコミュ」なんだと思う。
最近、額の向こうをぼんやりと見てる感が強くなってきた。
記事のもうちょい裏側がのぞけるtwitterはおもしろい。
そして、繋がっていないからおもしろいと思っている。
リアルの友人じゃないからおもしろい。
などと書こうと思ってきづいたのだが。
私がブログに書いた説明が単純すぎて、友人に単なるチャットの印象を与えていたのかもしれない。
夜チャットで計画を立ててはリアルで会うことの多かった友人自身の行動を私にあてはめたのかもしれない。
私ははてなで仕入れた情報は「はてなで見た」というし、twitterでも「はてなーをadd*1」してると書いたからなぁ。
つまり、私はオンもオフもはてなーとくねくねしまくりだと思ったのか?
ちなみにこの友人はいつでも斜に構えてる奴なので、今回の発言もあまりどうとは思っていない。
だらだら書きたかっただけなので、オチはない。
*1:当時の表現